村上春樹氏「ノルウェイの森」に恋愛を語る

投稿日 : 2019年3月11日

実写化もされていますし、多くの人たちが、村上春樹氏の「ノルウェイの森」を既に見ているか読んでいるのではないでしょうか。そこからみなさんは、何を感じ取り、恋愛にも生かしているのでしょうか。
今回は本を読んでいない人でもすぐわかる、恋愛のポイントとなる点をまとめてみました。
交際クラブやデートクラブでデートの際に会話のネタにしてみるのもいいかもしれません。

「ノルウェイの森」……。発刊から何年経ったのでしょう。しかし、今、読んでもノルウェイの森には、多くの衝撃があります。

【ノルウェイの森という小説】

「ノルウェイの森」は、徹底的にリアリズムにこだわった本であり、しかも著者村上春樹自身の経験や思い出に支配された「恋愛小説」だという位置づけになっている。

村上春樹氏が書いた小説の中でも特別な位置付けともいえます。村上春樹氏の小説の中に、「羊男」などの異物を期待している人たちもいるかもしれませんが、ノルウェイの森には、そのようなものも登場しません。

ストーリーには数多くの伏線やトラップが仕掛けられているという特徴に対して、ノルウェイの森は、自らの青春時代をベースとした、若くリアルな小説という感じもあり、判りやすいと言えば判りやすいのかもしれませんが異質は異質です。

【セックスばかりの生活】

村上春樹氏のノルウェイの森は、恋愛小説として受け止めると、違和感を持つという人たちも多くいます。自分の将来にも特に希望はなくやりたいこともない……、そのような人物が、日々セックスに明け暮れている訳ですから。

しかし、それは、恋愛観として捉えれば、1969年~1970年を生きた若者たちの姿を捉えた時代小説として理解できます。

【1969年~1970年という時代背景】

1969年~1970年という時代背景が存在し、そこには、日米安保闘争、まさに学生運動の嵐の時代です。戦後復興から高度経済成長の大ブームが一段落する過程で、反核・反戦ムーブメントの時代があり、ヒッピー文化もここに起こることになります。

どんどん産業が成長すれば良しという流れに対しての、アンチテーゼもここに誕生することになります。

なぜ、若者たちは、ヘルメットを被って反米を叫ぶ必要があったのでしょうか。思えば、急にスーツに着替え就職活動をする周囲の学生たちがおり、若い人たちは、経済が成長する過程で、目的の変更を余儀なくされて、何をしていいかわからない分裂症に陥っていたのかもしれません。

そして、ノルウェイの森の主人公もそのような背景にいると考えられます。

【時代と向きあう恋愛】

恋愛というものも、男性と女性が向きあっているストーリーに過ぎないと考えるとそれまでですが、このようなノルウェイの森のセックスのあり方が、時代に対しての主人公の答えともいえます。

主人公は、時代に対して、何をしていいかわからないから、セックスに依存し、セックスを模索して、結局セックス自体に答えがあるわけでもありませんし、本当の恋愛について語られている訳ではありません。

ランダムなセックスが、恋愛の真実なんて誰も思いたくないでしょう。

恋愛の本質は一体どこに存在しているのでしょうか。

時代は、時代で、訳のわからない状態を若い人たちに作りだしてしまうから、 ヘルメットを被って反米を叫ぶような具体性を求めていきます。セックスを繰り返すカップルも、確固たる証しを求めて彷徨っているのです。恋愛の本質を探しています。

【ビートルズの「ノルウェイの森」】

ノルウェイの森とは実際にノルウェイの森ではなくて、ビートルズの「ノルウェイの森」のことです。それは、私達の言語で語られない音楽の世界に没入して行くことです。

私達が、真実の恋愛は何かということを一生懸命見つけようと思っても、なかなかそれは見付からないかもしれません。それは、ビートルズの「ノルウェイの森」の音楽のような、私達の言葉で語ることができない非言語的のものである可能性も大きいのではないでしょうか。

私達のしている恋愛を全部言葉で語れると思うのは人間のおごりではないでしょうか。しかし、人間は、恋愛の真実を追求したいと思っています。

そして、セックスを繰り返し、あれでもない、これでもないと模索しています。

果たして、ノルウェイの森では、模索する若者像こそが、真実の恋愛を語っていると言っているのでしょうか。

【ノルウェイの森は恋愛を語っていない?】

敢えてここで言いたいのですが、ノルウェイの森の行動した恋愛パターンは、全部真実の恋愛ではないと言いたいのです。

では、ノルウェイの森は、何を語っていたのでしょうか。ノルウェイの森は、音楽を語っているのです。それは、私達の言語では恋愛を語ることができないということです。それを、敢えて、私達に理解できるものとして示すことになれば、セックスを模索して、模索して、模索した結果、そこに何も真実の恋愛を見出すことができず、敢えて、それでも、主人公がセックスによって追求できなかった“何か”なのです。

それは、ノルウェイの森の主人公が、セックスによって模索した結果として、「セックスによって模索したもの以外のもの」という答えを導き出すことができます。

ノルウェイの森は、真実の恋愛は、セックスを超えた“何か”と言っているのかもしれません。

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